Bucket Listを叶える旅。

Bucket Listとは死ぬまでにやりたいことリストの旅。叶えていく様子と旅の情報ブログ。旅が大好き。インドとアフリカが好き。

大阪が大っ嫌いだったけど海外に出て私の世界が生きやすくなった。

こんにちは!!って書いてるけど今夜の12時です。明日は一日中勉強するつもりだから今書いちゃうよ。

 

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私が海外に一人で本当に出たのは高校2年生の時。

私が海外好きなのは洋楽が好きだからとか、色々あるけど、何より私は高校生まで大阪が大っ嫌いでした。

 

〇私の小さいころ

親の仕事の関係で幼稚園から転校を繰り返していて、幼稚園は3ヶ所、小学校は2ヶ所通って、大阪で生まれたけど、東京、静岡、名古屋、大阪っていう風に色んな所に住んでいました。

私の父親は大のアウトドア好き、たくさん小さいころからキャンプとかに連れて行ってもらってたし、一番好奇心旺盛だった小学校低学年を、田舎の自然いっぱいだった静岡で過ごしたのは私が海外や自然が好きなのに繋がってるかも。あと放浪癖がある。

 

〇大阪が大っ嫌いだった

私は相当大阪が嫌いでした。

大阪で生まれて、両親も大阪出身。

私が大阪に戻ってくる前は名古屋にいたんだけど、すっごい過ごしやすい地域で、みんな優しくていい人ばかりで、楽しかった。

でも大阪に来たら中学校が全然雰囲気が違ってびっくりしちゃった。

それでも気にせず通ってたら、私は名古屋にいたから名古屋弁か標準語っぽい喋り方をしてたんだけど、「そんな変な喋り方するな!気持ち悪い、喋るな!!」って言われたんよね。笑

男の子に。笑

何人かに言われてしまって、中学生っていうデリケートな年齢だからみんなと違うことがちょっと気に障ったのかな。

でも私はそっから標準語しか話せないし、元々はばりばり大阪弁だったけど大阪弁喋ったら怒るし、喋るな言われて怖いなって思ってしまって中学校の時は全く喋らなくなった。笑 趣味も人に合わせたし、すっごい病んでたし、辛かった。笑

 

そっからも悲しいことがたくさんあって、人生最大に辛くて死にたいと思ってたしまじで大阪にいること自体私にとってしんどくなっていった、だって自分だけ違うみたいだったから。私の普通とみんなの普通が違った。

 

本当はきっと違うのに大阪っていう場所のせいにした。

 

静岡のときとか男の子と野球してたりして遊んでたのに、男の子に言われたから大阪引っ越してから男の子がすっごい苦手で、高校生のときも男の子苦手なのがなかなか直らなくてほとんど男の子とは話さずにずっと女の子と過ごしてた。

唯一喋る男の子は高校から3年間ちょい付き合ってた彼氏だけでしたね、やっぱり大阪の人じゃなくて名古屋の人だったけど。笑

 

〇そんな中私はオーストラリアへ行った

高校2年生のとき、オーストラリアへの語学研修が私の高校で募集されていて、私は英語が好きだったのと、なぜか高校で留学するって目標があったから親に頼んでみた。

そしたら親がなんとおっけいしてくれた。

私はオーストラリアへ行くことが決まった。

 

〇文化や考え方の違いにびっくりする

私はオーストラリアへ行った。

そしたらみんな個性的なことにまずびっくりした!!!

高校生なのに、みんな化粧をしていて、髪色も違うし、ピアスも開いてる。

みんなFacebookをしていて、Facebookには自撮りの写真でいっぱい。

コメント欄を見たらみんな「Cute !!!」とか「Beautiful !!!」とかプラスの言葉で溢れてる。

私はこの時中学校でこんなことしたらきっとまた受け入れられないんだろうなって思ったし、こんな風に多様性や、違い、お互いのいいところを素直に認めて受け入れる文化に私は感動した。

 

オーストラリアの高校へ通ってた時の引率の先生は私がオーストラリア中ピアスをつけるのを許してくれた。私の日本の高校では校則違反。

開けることも校則違反だけど、私は人に迷惑がかからないことに対してのルールに納得できなくて、開けたかったから開けた。あと、名古屋にいたとき読んでた雑誌は全部ギャル雑誌でつけまつげとかいっぱい練習して憧れてた。笑

自分の大阪と名古屋の自分のギャップが嫌で開けたのかな?

あと、高校行ったとき開けてる先輩がいるかこっそりチェックしていたから開けた。

 

先生は他にもオーストラリアの色んな校則や文化に触れながら過ごさせてくれた。

これが私の始めて自分と異なる、そして海外の文化に触れた経験だった。

 

私は本当にオーストラリアでの生活が幸せだった。毎日楽しくて、何か決めるときは相手に必ず「Up to you (あなた次第だよ)」って自分の意見を求められる。

いつも人に合わせたり、人の意見や目を気にして過ごしていて、どこか居心地が悪かった私をこの言葉をたくさん言われて、自分の意見を言う練習になって、自分が解放された気分になっていた。

 

失敗もした。英語は通じないし、聞き取りなんて全然わからないから何回も聞きなおして教えてもらった。

 

人の見た目や違いも気にしなくなった。オーストラリア人の髪色は色々。全部がきれいだなって思ったし、私がお世話になったホストファザーはタトゥーを入れていた。

タトゥーを入れている人と話したのは初めてだったけど、本当に優しくしてくれた。

大阪で嫌な目にあってから、私自身も人の見た目や言葉遣いで人を怖いって判断してしまったことがあったけど、ホストファザーが私の考えを180度変えてくれた。

 

〇日本に帰国した

2週間のオーストラリア生活は私を本当に変えてくれた。

私は私でいいんだ、人のことを気にして自分がやりたいことをやれないのはおかしい、やってもいいんだって本当に学んだよ。

少なくともオーストラリアは私の全てを受け入れてくれました、大好きな国。

そこからは私やりたいこと爆発だよね。笑

多分オーストラリアから帰ってきてからちょっと変わったなって思ってる人も出てきたんじゃないかな、あと話したら意外と話すんだなって思われたと思う。

 

元々大阪で生まれたとき小さかったころの夢は吉本でお笑い芸人することだったし、いつもたまよのモノマネしてたし、静岡の時はまとめたりみんなの前で何かするの好きだったし、名古屋はちょっと大人しくなってたけど学級委員とか推薦されたりしてたな、しなかったけど。笑

でも小学生のくせにちゃんと申請してNPO法人作ったな。笑

 

そんな感じの活発な女の子だった。

 

大学も大阪が嫌いだったから名古屋の大学に進学するつもりだったけど、大阪の大学に進学して、最初は男の子と喋るのやっぱり苦手だったけど、やりたいことやる精神はもうあったので動きまくってたら、旅関係の人たちと仲良くなって、その中で男の人とも話すようになって、もう苦手克服しました。笑

大阪の人ともそこで仲良くなって、今は大阪嫌いも克服しました!

ヒッチハイクでもめっちゃいかつい同い年に乗せてもらったけど超優しくて、そーゆーのでどんどん変わっていったな、楽しい。笑

 

今は私タトゥーが入ってる友達なんてたくさんいるし、宗教も様々だし、言葉もみんな違うし、全部全部受け入れれるようになったよ。大阪の人も、今は全然怖くないです。

優しい人もたくさんいるって知った!

 

〇日本人の違和感

でもそっから少しずつ日本人の性格や文化に違和感持つようになった。

日本人の人に合わせるところ、間違えるのが苦手なところ、死んじゃうくらい自分を追い込んで働いてしまうところ、人との違いを受け入れるのが苦手なところ。

 

そこから私は自分が合わないと思ったコミュニティーにはいかなくなったし、人の目を気にして自分のやりたいことをしないっていう選択肢はなくなった。

 

正直中学生のときとか人にしか合わせてなかった。

でもやめた。

 

日本が合わないなって少しずつ感じることが多くなってきた、だから日本を出て自分に合うコミュニティや場所を探した。見つけてきた。

マイナスのことばかり言う人からは逃げた、プラスのことを言う人達や楽しそうに働いてる大人たちについていくことにした。

コミュニティを変えた。

 

そしたら人生今こんな感じでやりたいこといっぱいやってるし、たくさん新しいこともしてる。

失敗もたくさんしてるけど、挑戦するのが怖くなくなった。

 

〇今の世界に違和感感じる人はみんな違う世界に出ればいい

失敗が怖い人、マイナスのことばかり言われてる人、受け入れてくれる人がいない人、今の生活に違和感を感じる人、何か変えたい人。

そういう人はみんな海外に出ればいいと思ってる。

海外は日本みたいに失敗したって平気。

失敗するのが普通だから。

やったことないことに失敗するのは普通、日本でも海外でも同じ。

でも日本だとなぜか失敗は全部悪いことってなっちゃう、悪いことばっかじゃないのにね。でも海外での失敗なら自分でも許せちゃうと思うんだ。

 

世界は本当に広いし、日本だけって狭いよ。

 

色んな考え方や価値観に触れてみてほしい。

 

もっと世界が生きやすくなる。

 

人生一度きり、自分のやりたくないことや苦しいことばかりに追い詰められて人生終わるなんて悲しすぎるよ。

 

約80年間の人生、人の為でもない、会社の為でもない、親がくれたたった自分の為だけの大切な人生。

 

自分が好きなように生きていいと思う。

 

私のお母さんとお父さんは人生好きに楽しく生きてくれればいいよって言ってくれた、この言葉に救われてる。

 

だから私からプレゼント。

 

誰の為でもない自分の人生、好きに楽しく、自分が後悔しないように生きていいんだよ!

 

私はそうするから一緒!

好きに生きちゃおう〜

 

おわり。